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高知簡易裁判所 事件番号不詳 判決

主文

被告人は無罪

理由

本件控訴事実は「被告人は夜間である昭和三十二年四月九日午後八時四十分頃、高知市播磨屋橋交叉点附近道路において、法令の定める前照灯をつけないで自転車を運転進行したものである」というのであつて、右の事実は故意の点を除き、被告人並びに証人山崎直幸の当公廷における供述によつてこれを明認することができる。ところで被告人並びに弁護人は、被告人の右無灯火乗車の所為は、故意に基くものではなく、点灯していないことに気付かざるまま運転進行中を、警察官に現認注意され、はじめてその無灯火なることに気付いたものであり、従つて犯意を欠く旨主張するので、按ずるに、刑法上故意すなわち犯意とは、罪となるべき事実の認識予見であり、本件の場合においては、前照灯をつけないで夜間自転車を操縦することの認識予見なのである。

いつたい夜間である限り、明りのない場所において自転車を操縦するに際つては、照明のため灯火を用いなければ運行に支障を生ずるこというまでもないが、かかる場合もしその操縦者において、無灯火なることの認識がなかつた旨を主張したとしても、そのような主張は社会通念上素より肯認される筈なく、もつて右の場合においては、操縦者に無灯火なることの認識があつたものと推断すべきであること論を俟たないが、その無灯火操縦の場所が、相当高度の明るさである場合、殊に発車地点が、通例一般自動車に用いられる前照灯の照度よりも著しく高度の明るさである場合における操縦者の右認識の有無につき、これを客観的に判断するにあたつては、極めて慎重でなければならない。

そこで先ず、現場につきなした当裁判所の第一、二回検証調書証人白石兎喜子同浜田文恵に対する尋問調書、被告人並びに証人樋口正水同山崎直幸の当公廷における供述を綜合すると、

一、本件現場が高知市内における目抜きの繁華街で人車の往来繁く、殊に被告人が当夜発車したという片桐書店前附近の街路は、当時渇水のためネオンサインの点灯を制限されていたとはいえ、街路両側に櫛比する商店内外の電灯に照らされ、自転車の前照灯は全くその用をなさない程度の明るさであること、

二、右片桐書店前を発して、被告人が当夜無灯火を現認されたという地点に至る間は、僅かに六十メートル位の近距離で、その間の街路の照度は出発地点附近に比べると、著しく低下してはいるが、なお附近商店等よりの照明によつて、相当の明るさを保ち、無灯火のまま自転車を操縦するとしても、その運行に敢て支障なき状況に至ること、

三、当夜被告人が乗用していたという自転車の照明設備が、自動発電ランプであつたため点灯の処置をなして進行する場合、ランプの光りの強弱は、自転車の速度に正比例し速度を増せば光りを強め、速度を減ずれば光りを弱くする装備となつていたこと、

四、本件当夜は四月のこととて季節的に人出多く、現場附近は人車の往来が頻繁であつたため、被告人の自転車は或る程度徐行していたこと、

が認められるのであつて、以上の諸点に立脚して考察すると、もし被告人が当夜注意を怠らなかつたならば、すなわち発車に際つてランプの発電機が車輪に接触するよう倒れているか否、或はまた進行をはじめてからも、車上からランプの前面に手をかざして、点灯の有無を確かめる等の措置に出ていたならばその点灯していないことを直ちに知り得た筈であるけれども、かかる注意をなさず、漫然進行したとするならば、無灯火なることの認識があつたことを、強力に推定すべきである、と主張するが、敍上の情況下において、検察官の右主張を是とすべきか、或はまた被告人の無灯火なることに気付かざりし旨の主張を真実と認むべきか、まことに困難な問題であることろ、他に被告人の右無灯火自転車操縦についての故意の認むべき積極的証拠のない本件においては、強いてこれを被告人の不利に推定し、犯意ありたるものとなすは、刑事司法における正義遵守の立場から、当裁判所の採らないところであり、もつて被告人の故意を認定することはできないのである。

そうだとするならば、被告人の本件所為の責任をどのように評価すべきであろうか、およそ何人でも、夜間発電ランプ付自転車に乗用するに際つては、その発電機を倒して車輪に接触せしめ、もつて点灯の処置をとるが如きことは、極めて容易なわざで、文字通り一挙手の労をもつてなし得ることであるが、被告人がかかる簡単な処置をもなさずに乗車し、その無灯火なることに気付かなかつたというのは、全く被告人の不注意の致すところであり、過失といわなければならない。そこで刑法三八条第一項は「罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰ゼス但法律ニ特別ノ規定アル場合ハ此限ニ在ラス」と明記し、過失犯は例外として処罰の対象となつているところ、道路交通取締法を通覧するに、過失犯を処罰する旨の明文はどこにも見出すことができないし、また観点をかえて、同法中殊に夜間における無灯火自転車の操縦行為を処罰する旨の規定が刑法の右条文にいわゆる「法律ニ特別ノ規定」に該当するか否かを考えてみても、道路交通取締法全体の構成乃至は規定の文理及び各規定の有機的関連からして、到底これに該当するものと解することはできず、従つて被告人の右所為は過失犯の対象とはならないのである。

要するに本件公訴事実は、その故意によるものであることの証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三二六条に依り、無罪の言渡をする。

(裁判官 市原佐竹)

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